ガチャガチャ・ガチャの歴史

フルカラーフィギュアガチャが200円の販売で第2次ガチャガチャブームの幕が開けた

今回は、100円や200円でガチャガチャを販売していた時の話です。

100円や200円に対応したガチャガチャのマシンを発売に合わせて、当時売れないであろうと言われていた200円商品のラインを充実させていく必要性がありました。

ディズニーフィギュアコレクションと同時期にフルカラーの200円フィギュアに着手します。

ガチャガチャ・ガチャポンラボ所長のオノーちゃん( @GachaOnoo )です

ガチャガチャの色彩バージョンが誕生!1995年にフルカラーフィギュアは珍しかった!

ウエディングピーチ

 

「愛天使伝説 ウェディングピーチ」を知っていますか?

200円でとうとうガチャガチャに色が付き、フルカラーバージョンが誕生しました。

1995年11月に100円あるいは200円対応の新型マシーン スリムボーイが発売されます。100円カプセルが主流の20年前、200円商品のガチャを拡販すべく、ガチャ商品を開発し、女の子用に ウェディングピーチを発案しました。

200円商品は、当時価格的に高いイメージもあって高級感を出すために、着せ替え出来るドレス仕様にすることで大人も満足できるよう作りを試みます。

ウエディングピーチ

 

当時では、珍しいフルカラーでありながら、かつドレス付きで200円で発売したのでした。

忍空

 

男の子用には「忍空 」でした。

「思わず懐かしい!!!」という方もいると思いますが、その当時 忍空はこまのシューターが流行っていたのでビートップシューターを開発したのです!!

が、しかし!!!20年前には、200円は売れないだろうという領域で、ほぼ受注が取れずに 採算度外視で発売します。確かに無謀すぎる・・・いやチャレンジ大好きとも言えますが、案の定、売れずに幻のガチャガチャ商品に・・・。

このあたりのガチャを持っている人は、かなりのガチャガチャマニアですよ。

その後 ディズニーをはじめ、ポケモン ブーム 、SRシリーズ※、カプセルプラレールの
大ヒットが続きます。ガチャガチャが子供から親子でお父さんやお母さんを巻き込み200円 が拡販していきます。ガチャガチャが勢いに乗ってきた感じがしたのです。

そして、大人を巻き込む「第2次ガチャガチャブーム」に突入します。
ガチャガチャが多くのTVのメデイアに取り上げられていく事になっていきました。

中国では深センが経済特区になり、日本生産から中国生産にシフトした時期でもあり、
ガチャガチャフィギュアが、打ちっ放し無彩色からフルカラー時代になる幕開けです。

んじゃまた!!!

ABOUT ME
オノーちゃん@ガチャガチャ伝道師
(株)ユージンからもうすぐ30年、ガチャビジネスを生業に 株式会社築地ファクトリー/代表 日本初ガチャガチャのコンサルティング会社設立/日本ガチャガチャ協会設立/ガチャガチャビジネスの歴史をサイトで書いております。ガチャに関するお問い合わせは、小野尾info@japangachagachalab1965.com