アメリカのLOハードマンにガチャガチャビジネスが日本に紹介され1965年2月17日ペニイ商会が日本で最初のガチャガチャビジネスを開始します。では、アメリカでカプセルにトイ(チャーム)が入れられて販売されはじめたのはいつでしょうか?LOハードマンがアメリカでビジネスをしていた1930年前後の時代のことをもう少し深掘りする必要がありそうです。
ガチャガチャ・ガチャポンラボ所長のオノーちゃん( @GachaOnoo )です。
ガチャガチャの原点、1920年代のピーナッツバルクベンディングマシン
アメリカで1920年代初頭に球形状のガラスの中にガムやピーナッツを入れて販売するベンディングマシンが多く販売されるようになります。バルクベンディングビジネスがここからはじまります。バルクとはグラム単位で商品を購入してマシンに入れて販売する形態をいいます。1セントをマシンのコインメックに入れて横にレバーをスライドするタイプとハンドルを回すタイプの2機種がありました。
1930年代前後にはミニチュアのおもちゃ、おもちゃというよりチャームというミニチュアアクセサリー的なものがマシンの中にカプセルを一切使わないガムと混在して販売するようになります。このチャーム欲しさに子供達がベンディングマシンのハンドルを回すのです。今のガチャガチャビジネスのルーツです。
ガチャガチャの原石、1926年日本のチャームを輸入していたアメリカ
ビルボードの記事にカールグッゲンハイム社が、1926年に日本からチャームを輸入しているということが書かれています。 日本のチャームのクオリティを求めて輸入が拡大したのと同時に1927年には日本のセルロイド玩具の生産額が世界第一位になります。1930年代前後から日本の精巧なミニチュア文化はここからはじまっています。そして1937年には玩具輸出額が4200万円の戦前最高額になるのです。
1931年からはじまる満州事変 1937年には日中戦争 戦争玩具が大人気になり玩具業界の売上も伸びていきます。 しかし、戦争勃発のせいで1938年にブリキ玩具の製造が中止になり、アメリカが日本製玩具の輸入を禁止します。
このような戦時化の中、アメリカでサミュエルエピーが1936年カプセル開発に成功します。現在のサイズではなく1インチサイズのカプセルです。それまでガムと一緒にチャームをそのまま入れていたのでマシンの故障が多くミニカプセルに商品を入れての販売を考えます。ガムと一緒にカプセルに入れたチャームを販売したようですが、ビジネス的には成功しませんでした。同時期の1938年にサミュエルエピーは真空メッキの開発に成功してミニチュアの椅子がメッキされたものが販売されます。アメリカで最初のプラスチック製のチャームが発売されたのもこの時期です。
ガチャガチャの礎、バルクベンディングメーカー年表
バルクベンディングビジネスに関わるチャームメーカー、マシンメーカー、オペレーターの設立時期を表にまとめました。
マシンメーカーは2社ノースウエスタン社、フォードメーソン社です。バルクベンディングガラス球形の形状のマシンを開発販売していました。チャームメーカーはカールグッゲンハイム社とサミュエルエピー社とペニーキング社この3社がチャーム販売の元祖になります。
1936年にサミュエルエピーはカプセルを開発しますが失敗。その後のことは世界が戦争になってしまった為に1941年以降の過去の文献歴史がほぼ残っていません。バルクベンディングの文献記事がもどるのが1945年以降の終戦になったあとです。
ガチャガチャ容器、最初のカプセルの呼び方は何?
・1949年2月12日 「フォーチュンボール」 サミュエルエピー社
・1949年6月25日 「トレジャーボール」 カールグッゲンハイム社
戦後になると全米は先勝ムードの中スーパーマーケットが拡大していきスーパーマーケットの入り口がバルクベンディングマシンが設置されるようになります。バルクベンディングが盛況の中1936年に失敗したサミュエルエピーが1949年2月12日ビルボード誌に広告を出します。「フォーチュンボール」という名前で1インチのカプセルの中身はダイスサイコロ、ブレスレット、キーチェーン、風船でした。「フォーチュンボール」「運のボール」という名前でカプセル単体ではなくガムと混ぜられて販売していました。バルクベンディングの当たり商品として1インチのカプセルの中に商品を入れて販売の仕組みはカプセルトイのルーツになると考えます。カールグッゲンハイム社も同様に1949年6月25日に「トレジャーボール」として広告に掲載します。「宝物ボールと運のボール」まさにハンドルを回して何が出てくるかわからない楽しさを体験できるガチャガチャの原点です。
1949年前後にカプセルにチャームを入れてガムと混在して販売
1950年代カプセルだけの商品を販売開始
1965年日本にて「ペニイ商会」「日商貿易」での販売開始
「ガチャガチャ」という名で日本で拡大し大人まで広がるカルチャーへ
戦後まもなく1949年にバルクベンディングビジネスは1950年代にカプセルベンダーになりその16年後の1965年に日本でガチャガチャビジネス文化として華ひらきもうすぐ60周年をむかえるのです。
ガチャガチャの祖、サミュエルエピーが開発したカプセルと商品
ガチャガチャの容器、カプセルの特許出願をしたLOハードマン
ではいつからカプセルベンダーと言われはじまるのかビルボード誌をでカプセルベンダーという言葉がでてくるのが1954年3月20日の記事になります。1956年にペニーキングのLOハードマンが1インチよりオーバーサイズのカプセルを開発します。1954年ぐらいからガム混在の形ではなくカプセル単体で販売を始めます。カプセル特許書類のエビデンスがあるのはLOハードマンしかありません。更にアメリカのカプセルトイの歴史を調べていくので
引き続きよろしくお願いいたします。
1926年に日本から既にバルクベンディング用のチャームを輸入していたカールグッデンハイム。LOハードマンは日本との関係を更に深め、カプセルベンディングを日本に紹介し今や日本のポップカルチャーとして大人までが購入し市場規模610億円。日本にミニチュアチャームを制作させたLOハードマンがミニチュアトイという世界を日本に広めたのかも知れません。
ガチャガチャの原点がわかる本が発売されます。
2023年12月26日 「日本ガチャガチャクロニクル」杉村典行(著)が発売されます。ガチャガチャの歴史を深掘りする内容になっているので必見です。「日本ガチャガチャ協会」が前面協力しています。「ガチャガチャの経済学」を一緒に読めばガチャガチャの歴史がよりわかります!
んじゃまた!!!
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