2012年にガチャガチャ商品にデザインが持ち込まれことで、よりターゲットが大人向けにになっていきます。日のあたらない場所に多く設置されていたガチャガチャが日本のカルチャーとして意識されていきます。
新鋭ガチャガチャメーカー 奇譚クラブ創設
新鋭ガチャメーカーが創設されないなか、久しぶりにガチャガチャ業界に異端児が2006年に登場しました。誰もが知っている、あの「コップのフチ子」で有名になった奇譚クラブです。
奇譚クラブの初期メンバーは元ユージンメンバーで構成されており、古屋主宰のもとガチャガチャの企画開発を開始します、当初はキャラクターものや芸人ものが多く他メーカーと変わらないラインナップでした。
ひとつの武器はいきものフィギュアカテゴリーのネイチャーカラーがヒット商品で、かなりハイスペック開発で勝負していました。ザリガニワークスと組んで発売した土下座シリーズあたりからキャラクターものからオリジナル商品化にシフトしていくことで他メーカーとの差別化をしていきます。
作家、デザイナーさんと組み、ガチャガチャマシンで作品とも言える商品を発売していきながら、スマホの普及、SNSの商品拡散という時代の流れに乗り始め売れていきます。
そんな時期のなか、2012年7月タナカカツキ氏と組んだ「コップのフチ子」が大ヒットします。ガチャガチャビジネスを世に知らしめたガチャ業界初のオリジナル商品「コップのフチ子」は日本だけでなく台湾にもムーブメントが起こり台湾に再度ガチャブームを起こすまでになります。
奇譚クラブの成功は、ガチャガチャビジネス=儲かるのではとガチャガチャビジネスに参入するきっかけにもなり、現在30社以上のメーカーが乱立するようになります。
大人にガチャガチャを楽しんでもらう為に企画された「パンダの穴」
デザインガチャということでもう一つ一年遅く発売された「パンダの穴」シリーズです。
タカラトミーアーツと電通テックのクリエイターとタッグを組んで開発されたシリーズです。
電通テックの飯田氏が統括し、当初からガチャガチャのインフラには興味があったそうです。本来の業務は大手クライントのクリエイティブがメインであるものの、電通テックの若手クリエイターが自らクリエイティブ発信できる場所を探しているところに、ガチャガチャのインフラを使いビジネスできないかという飯田氏の思いがアーツと合致し進行することなります。
ここがすごいところですが、他社メーカーのガチャをまったく意識せず、大人達にくっすと笑えるゆとりをガチャガチャから発信できればという思いから企画開発されていきます。
2013年に発売されたパンダの穴シリーズは、今までのガチャガチャ商品にとらわれないラインナップで「サメフライ」「自由すぎる女神」 など次々と発売され 「シャクレルプラネット」が生まれます。シャクレルプラネットは台湾でも大人気で展示会も開催されパンダの穴シリーズの牽引商品です。
電通テックの飯田氏の功績は、成田第二ターミナルに設置されたガチャガチャにデザイン性を持ち込んだことです。タカラトミーアーツの白いマシンにガチャロゴをオシャレに装飾し、海外旅行者の余った100円をガチャガチャ土産で持ち帰ってもらう戦略は成功しました。ガチャガチャをこのようにデザインすれば集客できるという成功パターンを築きます。
最近では、ガチャガチャ専門店が増えてきています。例えば「ガチャガチャの森」がデザインを重視された店舗になっており、子供から大人まで楽しめるよう商品も構成され集客を伸ばしています。
ガチャガチャ専門店は今後も増えていきそうな勢いです。軒先ビジネスを言われてきたガチャガチャビジネスはこれからどう進化していくのでしょう?
んじゃまた!!!